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縄文人と現代人
旧石器時代のお話は、こちら。^^v

さてさて、学芸員さんに連れられて、縄文人の『ファッションコーナー(?)』へ♪

学芸員さん曰く;
”見てください、縄文土器とあっちの弥生時代の土器の違い。縄文時代の火焔土器、ものすごい装飾でしょう。”

”これは私の推測ですが、縄文人って、数日分の食料を集めたら、あとは装飾品を作って楽しんでいたんじゃないかと思うんです。誰かも何も言われなかっただろうし。。”

”弥生になると実用一点張りの、装飾がない簡単でシンプルなもの(土器)だけになるんです。食料が確保できるようになったけど、きっと1年中食料を育てる事で頭がいっぱいで、年間計画が気になって、心の余裕がなくなったんじゃないかと、、これは私の想像ですけど、そう思うんです。”

そうですねえ。。食料確保が出来るようになると、采配を振るう人が出てきて、ボス的な人と従う人というのが、小さな村のような集合体の中でも際立ってくるかもしれませんね。。

そんな話をしながら向かった縄文時代の装飾品展示。。縄文時代のアクセサリーとして、ペンダント、耳飾、腕輪、髪飾りがありました。

学芸員さん談
”縄文人と現代人、非常に似ていると思うのです。日本の歴史で、耳飾や腕輪、ペンダントが出てくるのは、縄文の後は、昭和なんですよ。”

え〜〜、ドッキリ。
でも、そう言えば、そうなのかも!?。。

”髪飾りは、かんざしなんか、ありましたけどね。耳飾なんて、縄文以降ないんですよ。”
”腕輪など、飛鳥頃にもありますが、ごくごく高貴な人だけのものですし、(縄文時代ほど)広くではなかったようですから。”

この耳飾は群馬県の出土品、たしか「国宝」に指定されていたと思います。。
あの、、この展示されている耳飾、すごく重そうなのだけど。。。

”今も、どこかの民族にあるでしょう。唇をわざと厚くするために伸ばすとか。。あれと同じで、耳飾をつけて耳たぶを伸ばしていたと考えられています。”

”この耳飾は、まあ、ピアスですね。。これと同じものを作ろうとすると、粘土が乾かないうちに、これだけの装飾を作るのは、出来ないのですよ。色々な方法で、再現しようとしたのですが、これは、復元できていないんです。”

うわっ、それはすごい。。

縄文人と現代人、、ファッションやおしゃれに費やす余裕があったという点で、似ていたのか。。

学芸員さんは、こうも言われてました。
”縄文人は、精神的に非常に豊かだったのでは、、と思います。”

確かに、、そうかもしれません!
少なくとも、弥生土器製作人よりは、のんびりと楽観的で、遊び心があったのでは、と感じました。


わたし、、旧石器時代や縄文時代を、こんなにじっくり眺めたのは、生まれて初めてかもしれません。
学芸員さんとお話して、色々な事を教えていただき、とっても、たっのしい時間でした!ありがとうございました!


旧石器・縄文時代の展示を後にし、ふらふらと歩いていたら、ゴオオンという音が聞こえたようで、、耳がピクピク。。

キョロキョロしながら、『かね♪すず♪たいこ』の展示室にたどり着きました。
太鼓と思っていたのが、実は銅鼓。インドネシアのガムランの響きにも似て、、何とも気持ちい音色。。。

==>> 続く
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